純度100%の闇の中で思ったこと 後編

ありがとう!なっちゃん

心の中でそう言った

「それでは皆さんの呼び名も決めたので、いよいよ家の中に入ってみたいと思います!でも、せっかく家に帰るのに誰も居ないのは寂しいですよね?なので、実は家の中には、もう1人待っている人が居ます。たえさんという方なので、ただいま!たえさーんと言って家に入りましょう。せーの!」

「たえさんただいまー!!」

「はーい!おかえり!」

とても綺麗な声だった。男性のアテンドさんといいタエさんといいずっと喋っていたくなるような優しい声だった。

「じゃあ皆さん靴をここで脱いでくださいね」

僕たち3人は上がり框に腰を掛けて、靴を脱いだ。靴を脱ぐことを知っていたので、明るい時にで靴紐を解いてあったのでスムーズに脱いでしまったけど、本当はそんな準備しない方がよかったのだろう。

「それでは皆さん、壁沿いに歩いてこっちの部屋まで来てください」

ここでもイキり倒して先頭を行く。

「まっちゃん行きまーす。左曲がります。壁がありまーす。」

普段は、鼻くそが詰まりかけたような、中途半端な声で適当に喋っていたけれど、この時はとにかくいい声で喋ることを意識し始めていた。暗闇の中では自分の喋った声が自分にもよく聞こえるし、この声だけが自分がどんな人なのかを知らせる唯一の方法だった。

なんというシンプルな世界。シンプルだけど味気なくはない世界。

明るい所で人にあった時はありすぎる情報。

顔や服装、髪はセットしているか、ワックスか?グリースか?そろそろ髪きれよー。女の子。髪を巻いている?毛先が傷んでいるのか?爪は切っているか?おっ、ネイルしてる。昨日と同じネイルだ、ついでに靴も同じだ、この靴はスタンスミス、買ってから半年くらいだろか、スポーティな子なのかな?いや、でも最近の子はこういう靴履いてる人多からそんな事もないか、ん?そもそもスタンスミスはスポーティじゃないか、彼氏はいるの?いないだろうなー(希望)男。このひと絶対彼女いないだろうなー、こんなダサいリュック背負ってるもんな、あっ、でもラインしてる。彼女?友達?きっとママだろうなー。

結局なにが大切なのか分からなくなったりする。相手をよく見ているつもりでも、それが本当にその人を表しているのか分からない。巻いてある髪は、カツラかもしれない。スタンスミスは友達から今日の朝もらったかもしれないし。リュックはさっきゴミ箱から拾ったかもしれない。いや逆に、生まれた時から髪がくねくねしているかもしれない。スタンスミスが欲しくてバイトをしていたかもしれない。リュックを愛しているかもしれない。

暗闇で声だけでその存在を知ろうとする時はそんな煩わしさがない、という訳ではないけれど、カツラより、靴より、リュックよりかは信じることができる。

「部屋の中を自由に歩き回ってくださいね」

「あっ、なんやろー机かな?」

「なんかここあったかいです」

皆んなが喋ることと、その声が聞こえる方向、響き方。だんだんどんな部屋なのか想像ができてくる。広さは10畳ほど、天井は2300、木下地に石膏ボード2枚貼り。ビニルクロス仕上げ。きっと違うが想像が膨らむ。限られた情報の中で想像した空間。それが明るい時に体験する同じ空間と、どっちがより現実なのか(その人を表しているか)さっきの話と同じく分からない。

なっちゃんがベルを見つけた。

「じゃあ皆さんでなにか演奏しましょうか」

タエさんが綺麗な声でそう言う。みんなで近くに集まり、ベルを手探りで探し、両手に1つずつ持つ。

「じゃあちょっと鳴らしてみてください」

後にはドとかレとかあるらしいけど、僕はまったく分からない。すると

「まっちゃんの右手がレですね」

へーこれがレなんだータエさん耳がいいなあー‥‥!右手!?なんだ分からるんだ‥‥

そういう驚きは何度もあった。そして5人でなにかの曲を演奏した。なっちゃんもおじさんも当然のように自分の音程の所でベルを鳴らしていたが、ぼくは聞いたことはあるけど、音程が全く分からなかったので、タエさんが口ずさむ音程を聞いてから慌ててベルを鳴らしていた。けれどもそれが絶妙なグルーブを生み出す‥はずもなかった。

それが終わると大きめのちゃぶ台の周りに移動して、雑談をしながら次の体験者に向けてのメッセージを書くことになった。渡された紙をハート型にくり抜き

「外の世界は眩しすぎる」

と書いた。2人は紙にシールを貼ったりして、メリークリスマス!などど書いたようだった。その間、男性はネパールの復興支援に行っていた話をしたり、なっちゃんは近くの梅田スカイビルクリスマスセールに行った話をなどをしてくれた。タエさんは合唱団?かなにかに所属しているらしく、クリスマスシーズンは忙しいくていい思い出がないなどど、明るく話してくれた。暗闇で人の話を聴くのは、すごく心地が良かった。眼を見て話を聴く必要もないし、無理に笑顔をつくる必要もない。姿勢を正して聴く必要もない。ただ声と内容だけを聞けばよかった。

あっという間に体験時間である70分?が終わった。

「皆さん、そろそろお時間です。家の玄関へ行きましょう」

3人が玄関へ向かい、靴を探す。

「あっ、これまっちゃんの靴やと思う」

「あ、ありがとう」

靴を履いてはじめの部屋に戻った。男性のアテンドさんが、ゆっくり部屋を明るくしますね、と言い天井のダウンライト少しだけ明るくなる。あーあ、明るくなっちゃった。そう思っていた。ここでタエさんの顔をはじめて見た。不思議な気持ち。5人は奥の椅子に座り、感想などを言う。みんな思い思いのことを言おうとするが、少しだけぎこちない空気が流れる。さっきまであんなにリラックスして話していたのに、部屋が明るくなったせいで、あれ?‥‥みたいな空間。アテンドさんはその空気に慣れているのか、少しだけ笑っていた。3人はアテンドさん2人に挨拶し、さらに明るい普通のビル内の店舗にでた。外は本当に眩しすぎた。

アンケートを書いた、なっちゃんはすぐに書き終わり

「じゃあ、ありがとうございました!」

といい帰っていく。

え?このあと2人でご飯じゃないの?さっきあんなに仲良くお話ししたじゃん!!!そんな気持ちを押し殺して

「はーい、ありがとうございました」

と言った。

 

ダイアログインザダーク

普段意識することとしないこと。それが反転する世界。とても面白かったです。視覚障害者の底抜けの優しさ?に包まれました。当然、皆さんがそうではないのだろうけど、べつにそれは健常者と同じです。健常者‥あまりいい響きではないですね。同じです、と書いたけれど、同じではない事も沢山あります。とにかく、行ってよかったです。

なっちゃん、アテンドさん、おじさんありがとうございました。そして、大阪に行くキッカケになったメンヘラお姉さん。ラインはブロックしましたが、ありがとうございました。

より善く生きていきたいです。