079

全く寝ずに歩き始めた、最低でも20キロ歩かないと示しがつかないから、最初から突っ込んだ、何度もやったことあるペースで。このルートを今日歩くのはおそらく自分だけだと思う。このバス停で降りたのは自分だけだったし、仮に晴れてたとしても、どうしても歩きたい道なんかなくて、どこにでもありそうな山道の連続だ。

蜘蛛の巣が体中に纏わりつくから途中から枝を持って、はらいながら進んだ。ずっと小雨が振っているから眺望はなかった。一気に登ったからすぐに膝が痛くなりそうになってきたから、サポーターを付けた。いつもなら、付ければそれ以上は痛くならないけど、今日は違った。少しづつだけど、確実に痛みが増して行く。2時間くらい経つと人がチラホラ。みんなトレランスタイル。膝に痛みが無ければついて行きたいけど、今日は無理、先に言ってもらった。結局、陣馬山まで700mところで、バス停コースに切り替えた。歩いた距離は14キロ、色々失敗したけど、それでもいい。登りはじめはどんなに元気でもゆっくり行くべきだ。

077

外に世界があればアイデアは枯渇しない、矢印は内側ではなく外側へ、対象は自分ではなく世界へ、そうすれば、アイデアは枯渇しない。弱冷房車があるなら弱暖房車と弱ルーメン車があって欲しい。多分ここ数年はいいことが起きそうな気がしている。身体は健康で、仕事のストレスは少なくて、山に行くのが楽しいから。少しずつ頭は悪くなっているけど、単純になることが必要だと思ったから、山に行き始めたから仕方ない。小林康夫の世界とダンスするという言葉、それは単純に登山をするという単純なことだったかもしれない。もちろん登り方、歩き方は重要だけど、まずは、世界の、山の、入り口に立つ。

電車のどの入り口からも車椅子が入れるようしたらいいと思う、時速500キロで進む機械を作れる人間にできないはずがない。人海戦術でやってる現状もそれはそれですごいけれど。

076

20の頃に幸宏をよく聴いていたけど、こんなにダンディーな音楽をよく聴いていたなと思う、埼玉に住んでいて、彼女もいなくて、ピザ屋でアルバイトしていだけなのに、なにを考えていたのか分からない。10年前の自分は今の自分とは何かが違っていた。元気ならうれしいね、という歌詞を聴いているときに、何を、誰を、想像していたのか。少なくとも、誰も、想像していなかったはずで、そういう意味では純粋に音楽を聴いていたのかな。でも思い出した、ちょっとツラインダ、という、歌詞を聴いて、ちょっと辛いなぁって思っていた。

日記075

お腹が満たされていて、快適な温度に設定された電車に1人で乗っている平日の昼間、この条件がトリガーになって、何か書くか、という気分になる。二郎を食べたから、降りる駅で清潔なトイレを探さなくてはいけない。今の自分のタスクの中で一番重要なこと。ゴッサマーギアのリュックに奉献酒を入れたのは私が世界ではじめてだろう。

日記074

ある特定の優れた世界観を指し示すような空間を時間とお金を掛けてつくることは求められていない。仮に求められていても、そのような空間に新しさを見出せるとは思えない。その逆で仕上げを剥がして既存の躯体を剥き出しにするような方法にも最早なにも新しさがない。さらに言えば、つくることと剥がすことの間で空気をチューニングする、というような言葉遊びにも逃げていけない。けれども人は言葉によってでしか思考できないことも事実である。

 

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ふと思う、香りと形は相性が悪いのではないか?香りを体験することにそもそも空間は必要ない、誰もが知っていることだ。むしろどんな空間でも香りによって全く別の質に変えることもできる。もちろん悪くもできる。もっといえば香りに道具も必要ない、香りはこの世界に溢れている。私たちは既に香りについて知っている。にもかかわらず、道具を作り、空間をつくることになっている。商売だからとか、設計者だからとかではなく、まずはこの事をラディカルに、前向きに、整理しなくてはならない。

なぜ私たちは香りについて考えた先に道具と空間をつくるのか?

 

日記073

突然、かつて好きなった事もある人に久しぶりに会った。その人の友達と、途中から彼氏も参加して4人でスナックに行ったけど、タメ口で話してたら、彼氏に怒られた。かつて好きになった人も、その彼氏に何かを言われて、歌の途中で泣き出して帰った。いったいなんだったのだろうか。こういう複数の男女のやり取りみたいなものに全く触れてこなかったから、なんだか高校生みたいだなと思って、帰った。