純度100%の闇の中で思ったこと 前編

だいたい読んだ本はすぐに忘れるけれど、10冊に1冊くらいは何となく頭に残り続ける本と出会う。最近はこの出会いの確率を上げるために、つまりより良い本と出会い続ける為に本を読んでいるような気がしている。半年ほど前に読んだ『目の見えない人は世界をどう見ているのか』という本がまさにそんな本だった。本を読み終えてしばらくしてから新宿の改札で、盲目の人が白杖をつきながら、帰宅するサラリーマン達を横断していくという光景を見たことも影響しているかもしれないが。その本の中で『ダイアログインザダーク』という暗闇の中で参加者やアテンドさん達と様々な体験をするという施設が紹介されていた。その一ヶ月後、ふとその施設を思い出して検索してみると、移転中の為に東京では体験することができないことが分かった。それが残念だったので、そのかわりに新宿の『闇鍋会』へ行った。詳細は割愛。

昨日までなぜか大阪に居た。行った理由を思い出すと悲しくなってしまう。最終日にやることがなくなったので、四天王寺の休憩スペースでボーッとしていた時。ダイアログインザダークを思い出した。検索すると梅田でやっていたので、すぐに予約して梅田へと向かった。大阪に行って思ったことは電車が分かりづらいということだった。東京の公共インフラはよくできているかもしれない。梅田に到着し商業ビルの4階へと向かう。

集合時間ぴったりに到着。自分以外はまだ来て居ない様に思えた。予約するときに定員6名で残り5枚という表示になっていたので、確実に一人は参加者がいるはずだった。その参加者がうるさいおばチャンだったら嫌だし、綺麗すぎる人でも緊張してしまうなどど考えてドキドキしていた。受付カウンターに案内され、しばらく説明を受けていると、後ろから1人の女性が近づいてきた。横目でその参加者と思われる女性を見た。

ドキューーーン

可愛くもあり美人でもあるという感じの、なんだかとてもいい感じの女性だった。年齢は同じくらい。これから暗闇の中に行くドキドキと、この女性と2人なのかというドキドキ。とにかくドキドキした!鍵をもらってロッカーに荷物を入れて、近くのソファーに座る。そのソファーにはすでに60代くらいの1人の男性が座っていた。そのひとも参加者だった。その前に1人の女性が現れ、ぼくとその男性に簡単な説明をする。それが終わると後ろに座ったさっきの女性にも同じこと説明をしていたので、参加者は3人だということが分かった。フリーターくそニートの僕と、同い年くらいの綺麗な女性。60代の男性は、養護学校の教員で、福岡から用事があったついでにここに立ち寄ったという。3人の中には不思議な空気が流れていた。それはそうだろう。垢の他人と真っ暗闇に入るなんて、滅多にないことだ。改めて3人が向かい合い、簡単な説明を受ける。いよいよ暗闇へ。

扉を開けるとまだそこは真っ暗ではない。1人の男性が白杖をついて立っている。その男性を囲う様に3人が立つ。

「こんにちは!」

心が晴れるような声だった。それまでの不安の何割かはその声で無くなった。その方は詳しくは分からないが目の不自由な方だった。けれども僕たちの顔を1人づつ見て、笑顔で色々と話してくれた。それを聞くぼくの笑顔の方が確実にぎこちなかっただろう。同い年くらいの女性はアテンドさんの説明に対して、逐一、相槌を打っていた。目の見えないひとにとって相手が自分の話を聴いているのかを理解することができるのは相槌だけなので彼女はそうしていたのだ。彼女の適応力の高さに関心しつつ、僕も彼女の相槌と微妙にズラすことを心がけて彼に自分の存在を知らせようとした。おそらく60代の男性もそんな気分だったと思うが、普段から養護学校で働いているので、全く違う事も考えていのだろう。アテンドさんは、僕たちに白杖の使い方や、なるべく自分が触ったものや気持ちを声で伝える事などを説明した。

「それでは、この部屋を純度100%の暗闇にしますねー」

部屋が暗くなる‥‥

おそらく今までの人生で経験したことない漆黒の闇。眼球を動かしても、なにも動かない。当然、見ること諦める。瞼は開いているが眼球は閉じている。そんな感覚になる。そして半ば自動的に他の感覚に意識がいく。音、気温湿度、疲労の溜まったふくらはぎ。靴擦れをおこしている右足の小指。足裏の絨毯の感触。汗びっちょりの手のひら。不安と安心が絡み合う‥‥?なぜか安心があった。やっと全ての監視から流れたな、という安心。寝る前に何度も妄想してきた透明人間になれた、という喜び。これで鼻糞をほじってもバレないな、というなにか。いやほんとうにそんな感じ。眼鏡をかけている人なら、はじめてその眼鏡の重さを意識するだろう。

「皆さん、これが純度100%の暗闇です。どうですか?」

「なにも見えないです!」

そう返した。

「そうですよねー。だから見ることを諦めてください。疲れるだけですからね。」

「さっき諦めました!」

おじさんも女性も笑っていた。

「ではこれから、後ろの扉の向こう側へ行こうと思いますー!皆さん、付いてきてください。」

「はい!じゃあ僕が先に行きますね。」

先陣を切ったオレはカッコいいだろうと言わんばかりにそう言った。白杖を使っているフリをしていたが実際にはもう片方の手を目一杯伸ばして前方を探りながら扉を通過した。この瞬間に電気が付いたらあまりに間抜けな姿を晒すことになっただろう。

「いま、扉を通過して左に曲がっています!」

アテンドさんの言う通りに、今の状態を報告する。

「このあたりで皆さん止まってください。皆さん、地面の質感が変わったの分かりました?」

慌てて足裏に意識を集中する。確かに変わっていた。

「では問題です!地面はどんな素材でしょう?」

おじさんは、

「なんかザラザラしてますねぇ」

女性は、

「うーん。なんか石っぽいんかなぁ?」

関西弁のイントネーションでそう言う。関西弁はブスをよりブスにし、美人をより美人にする。そんな残酷な加速器だ。とうぜん彼女は後者だった。

ぼくは、

「石器質のタイルですかねぇ?」

などどイキり倒す。

すると彼女が

「あ!わかった!レンガや!」

「お!正解です!ここは家の玄関前なんです」

(わか→った。ではなく。わか↑った。もう!関西弁女子最高!)

「では皆さん、せっかく今から家の中に入るので、それぞれの呼び名を決めましょう!好きな名前を考えて下さい。決まったら、こちらの女性からどうぞ。」

「えーー‥‥じゃあ、なつみなんで、なっちゃんで!」

なっちゃん♩」(心の声)

「ではわたしはー‥‥がっちゃんでお願いします!」

あははは (笑い声)

見事にかぶせを、やってきた60代のがっちゃん。ここで3人目で見事に落とせば爆笑間違いなし!そう思って口を開いた。

「まっちゃんで。」

暗闇の中で滑るというのは存在の否定そのものである。なっちゃんは慌てて

あはは。と笑ってくれた。

ありがとう!なっちゃん