とあるカフェで

いわゆる自己啓発本。それを読んだ時のあの嫌悪感はなんだろうか。複雑な世界を単純化し、お手軽に理解できてしまう様な錯覚に陥らせるビジネス。読んだ瞬間はなんだかうまく生きていけそうに思える、が一週間経ったらまた別のドラック(啓発本)を身体が欲する。その無限ループによるビジネス。資本主義に最適化されたビジネス。資本主義に最適化された読者。そして、そんな固定観念に囚われたオレ。

健全な某マッチングアプリで出会った女性と、渋谷のオシャンティカフェでトーク。その記録。

マッチングして直ぐにカフェ行きましょうと誘われ、すぐに予定を決めた。ここまで恐ろしくスムーズ。必要最低限の情報だけ交換し、とくに電話とかもしなかった。彼女は終始。

「たのしみー わくわく!」

などという感じで、それに適当に合わせていた。そして当日。早めに渋谷に着いた僕は、ツタヤの6階で、ケンリュウの「紙の動物園」を読む。帯を又吉が書いていて、なんだかゲンナリ。

「ごめんなさい!今仕事終わりました!それはもう急いで向かいます!涙」

「どうぞ。ごゆっくりー!笑」

 などと連絡を取り合う。しばらくしてから

「深緑の帽子ですか?」

「そうです!もういますか?」

「すいません遅れました!」

と、申し訳なさそうな、屈託のない笑顔をした女性に声をかけられる。

なるほどそういうことか。

ここまであまりにスムーズだった事と、30分程遅れていた事で、これはなんだかよく分からない詐欺なのか。と思っていたが、ただの被害妄想だった。彼女は、本当に僕と今日カフェに行くことを楽しみにしていたし、本当に仕事が終わって急いで向かってきたのだった。

見た目は、街で見かければ、おっかわいい!となって、数秒は眼をとられるが、これくらいの女性ならいくらでも居るか。と自分に言い聞かせ、また歩き出す。そんなレベルの女性だ。服装もそれなりにオシャレで清潔感もある。強いて言うなら、色気がそこまであるタイプではなかった。年齢は27歳。

とはいえ普通にかわいいので、テンションが上がった。ぎこちない笑顔で、彼女の笑顔にかえす。

「じゃあカフェいきますか!」

6階から1階までエスカレーターで降りる。エスカレーターという極めて会話のしづらい空間においても、彼女は御構い無しに色々と話しかけてくる。

「今から行くとこ、もしかしたら道に迷うかもしれないんですー!迷っても怒らないでくださいね!笑」

「怒らないですよー笑」

「いつもは恵比寿で働いているんですけど、今日は新宿だったんですー。そこから急いで来ました!」

 「えー!僕さっきまで新宿でいましたよー」

 「え?じゃあ新宿にすればよかったですね!あはは」

「はははー!でもエリさんオススメのカフェ行きたいですー」

僕は会話をかえす度に、中途半端に身体をひねって斜め後ろを向く。

ツタヤを出て道玄坂方面へと歩き出す。会ってからこの瞬間まで、会話が全く途切れない。かと言って沈黙に耐えられず無理やり会話している感じもない。風俗街に近づいていた。僕はこのままホテルに行きたいと思っていたが、それは彼女にとってあまりに想定外だろう。そんな様子は微塵も見せずに会話を続ける。

「このへんかなー?迷っちゃった!笑」

「えー!はやい!お店の名前分からないんですか?」

「わかるけど、調べたら負けかなーって!笑」

「なるほど!笑」

渋々彼女はカフェの名前をいい携帯を取り出す。『森の図書館』彼女は、それを検索しても自分がどこにいるのかよく分からなそうで

「うーん。このへんだとおもうけどなー」

などど楽しそう。僕も携帯で検索すると、そのカフェはあと200mほど先にあるようだった。女性はなぜ道を忘れるのだろうか。なぜ地図を読めないのだろうか。べつに呆れる訳でもなく、僕も楽しそうに

「まだ先じゃないですかー!笑」

などど言う。しばらく歩くと看板が見えてくる。雑居ビルの三階にその店はあり、エレベーターに乗って入り口までいく。インターホンを押すスタイルで、彼女は入りづらいと言っていたがその通りだった。扉が開くと本棚の扉。

「へぇーおもしろい!」

と、そこまで思ってもいないがそんな事を微塵も感じさせない声とボリュームで言った。その本棚の扉を店員が開ける。ひとは3.4人で落ち着く雰囲気だった。

しかし、カフェ空間や建築リノベ界隈の、この手法はいつまで続くのだろうか。無垢木材、スチール、剥き出し、白塗り、簡素。マルジュラが恵比寿の民家を白く塗りつぶしただけの店舗をオープンさせてから一体何年経っただろうか。青木淳が「白く塗れ!」と新建築に書いた時から何年経っただろうか。いまだにオルタナティブは提案されていないのではないだろうか。最近は金メッキパイプが流行っているらしいが、それも「金に塗れ!」と言っているだけなのでつまらない。「あえて」 白く塗ったり、壁を引き剥がしていたのに、今は、それがそのままカッコいいの!みたいなレベル。世界はますます貧困化し、保守的で、真面目になる。この店もいわゆる無印的カフェ空間で、その証拠にテーブルの脚は、おそらくtoolboxで調達している。けれどこんな批判はインテリア界隈では普通なのだろう、もしくは的外れすぎるのだろう。いずれにせよ、こういう空間を面白いとは思わない。が、落ち着くことは事実だ。上半身は否定しているが、下半身は肯定している。

彼女とぼくは店の真ん中あたりのテーブルに向かい合って座った。

メニューを開き、明らかに僕の方が見やすい角度で

「えーどうしよっかなーーっ」

と言う。しばらく眺めたあと

ラピュタトーストにしよー!」

パズーとシータが飛行石の力で地下まで降り、そこに現れたオッさんが作ってくれたあのトーストの事だろう。僕は、アイスコーヒーを頼む。あたらめて緊張しない程度のかわいさの彼女と対面する。とにかくお喋りなのでこっちとしては何も考えなくとも、なんとなく盛り上がる。そこからはしばらく雑談。地元がまさかの同じだったので盛り上がり、彼女の職業について聞くと、結婚相談所のコンサル?とか言っていた、職業柄、初対面の人と話すことには慣れているのだろう。僕に対して緊張している様子は一切なかった。あと彼女は台湾とのハーフだということで、学生の時に台湾に1人で行った時のことなどを話した。彼女を要約するとこうである。

・とにかくお喋り。うるさい訳ではない

・ひたすらにポジティブ

・好奇心旺盛 旅行大好き

・友達が多い

・わりと男っぽい

・自信をもって話している

・自分と違う考えをしている人に興味がある

・悩みとか、闇とかなし

・下ネタはだーめ

だいたいこんな感じ。そしておそらく、仲良くなってもあまり印象は変わらないタイプだろう。そしてなにより、これまでの人生であまり関わってこなかったタイプの人間だった。

「じゃあさ!最近1番したいことなに?」

「うーん。うーん。」

「10!9!8!3!2!」

「ナンパ!!」

「なにそれーー。やめなよーー笑」

「色々考えた結果これしかないんですよ!」

「考えすぎだよ!!」

終始こんなかんじだった。

彼女はこの世界のルールを疑わない。

僕は疑う。

彼女は直感的にこの世界を楽しく生きる方法を知ってる

僕は知らない。色々考えてしまう。

彼女はどんな人からも学ぶ意欲がある。

僕はアホとは話したくない。

だが、いま彼女からのこんなツッコミを考える。

ルールを疑ったり、考えたり、アホと話したくないとかって単にカッコつけているだけなのでは。ぼくは本当は、彼女の様に生きたかったのかもしれない。

初対面の人に男女関係なく屈託のない笑顔で挨拶をし、相手の事を特に洞察する前にまず信頼し

「なに考えてんのー遊ぼうよ!そっちのが楽しいじゃん!」

という人生。

いや、そもそもこんな事を書かない人生。

「楽しくてあっという間だったねー」

「ですねー!エリさんお喋りですねー笑笑」

「そうなの!笑 また遊ぼうよー ダーツとかやる?」

「ダーツ??やった事ないです」

「やろやろ!」

「はいー!じゃあ練習しときますねー笑」

ただ彼女はドラッグをやっている。壁面に沢山の本があったので、この中で読んだことある本ある?などと聞いたら、自己啓発本は好きだからよく読むと言っていた。あとは最近の小説も結構読んでいるらしかった。彼女と話している時に、なるほど、自己啓発本を数冊読んだらそうなる、と何度思ったことか。1時間くらい話したところで僕は、こっちの言葉に彼女が何を言うか、ほとんど完璧に予想し、当てることができた。途中で

動物占いしよ!」

と言われた時は少しびっくりしたが。

ちなみに僕は、トラで、トラの人は自我が強く頑固らしい。当たっている。だからこそ僕はナンパをしようと思っている。くだらない自我から解脱するために‥‥。

だがどうせ一日やったら、自分にはできないことを思い知り、やめるのだろう。そしてそもそも、自分が自我から解脱するためにナンパをするとは、なんて女性に失礼なのだろう!

まぁ分かっている。とりあえず一回はやってみる事にする。

「じゃあそろそろ行こっか?終電だもんね」

「そうしましょっか!」

彼女は終始ニコニコしていたし、何かに動揺したり、慌てたり、無理をしたりして居なかった。僕の眼をきちんと見ながら、一定のリズムで心地よく話をして話を聞いてくれた。それはまるで、<結婚相談所に来た男を面接>するかのように。

「寒〜い」

「ですねー。今日はありがとうございました!またいつかこのカフェ来てみたいです」

「いいえー!道覚えたの?」

「道も何もほとんど真っ直ぐじゃないですか!笑」

「そうだけど。。似てるからこの辺のビルとかさ!ほら!」

「まぁ。たしかに笑」

人混みの中を2人で離れないように駅まで歩いていく。

「メトロですよね?ここですか?」

「そうだねー」

「じゃ

「信号変わるまで待ってあげる!」

「え?やさしーー!」

彼女のフランク過ぎる性格のおかげで、途中からため口混じりなっていた気がする。

世界一多くの人が渡るその信号は、色を赤から青に変える。そして、カップルも学生も風俗帰りのサラリーマンもホームレスも、みな同時に歩き出す。彼女はツタヤで会った時より笑顔で手を振る

「じゃあ!またね!」

「はーい!また!」

彼ら彼女らに遅れ、信号を渡った。