歌舞伎町的、あまりに歌舞伎町的な Ⅰ

歌舞伎町を眺めながら、いったい今この瞬間に何人の男達が自らの男根に血潮を集めているのか?と、想像する。それを隠蔽するかの様に、もしくは表象するかの様に、ネオンは輝く。陰翳礼讃とは歌舞伎町の事だったのだ。

 世界一の乗車数を誇る新宿駅はどのような構造をしているだろうか。新宿駅は、南に代々木、原宿。北に歌舞伎町、大久保。西に都庁、そして武蔵野台地。東に四谷、そして皇居。南北は若者とセックス。東西は川の上流と下流。(玉川上水)その二つの軸線が交差するところにある。そんな森羅万象の源が交差する場所に毎日多くの人が交差するのは必然と言えばそうなのだろう。こんなマクロで雑な分析はここまでにして、歌舞伎町に行った日のことを書きたいと思う。僕が歌舞伎町に行くときは大体風俗に行くときだ。風俗のジャンルのほとんど全ては、最低でも二回以上行ったことがある。ソープ、ヘルス、ピンサロ、おっパブ、デリヘル、手コキ専門店、メンズエステ。そこで、そろそろ一巡した感があった風俗ライフに新たな刺激を求めて、歌舞伎町のとあるハプニングバーに行った。ハプニングバーというのは普通のバーに来た客同士がハプニングを起こして、セックスをしてしまうかもしれないというお店だ。新宿についてからネットで調べて、3店舗くらいに電話をしてから、一番安いお店に行くことにした。店は歌舞伎町のど真ん中。雑居ビルの3階へのインターホンを押す。扉をあけてくれたのは30代だが20代に見える優しい佇まいのお兄さんだった。

「さっき、電話した子?」

声のトーンで彼がゲイなのはすぐ分かった。ゲイの人ときちんと話すのはよく考えたら初めてだった。その店員は、顔写真付きの身分証明書を忘れた僕に対して

「それがないと入れないの、ホームページに書いてなかった?」

口調はとても優しかったが、ここまで来て入れないのかと思い、ショックだった。仕方ないから他の店でも行こうと思い、出ようとした時

「しょーがないから、いいよ(若くてかわいいから)」

と言ってお店に入れてくれた。僕はこのゲイのお兄さんに恋をした。(というのは嘘だが、ゲイの人とのあの話やすさは一体なんだろうか)というわけで、お店の注意事項を聞かされてからお兄さんはこう言った。

「はじめての子は、全裸入店よ、ここで脱いで」

「え?え、ほんとですか?え」

このお兄さんになら別に全裸になってもいいかと思ったのと、郷に入れば郷に従えだ、と思い恥ずかしそうにズボンに手をかけた。その時

ジョーダンよ、うふふ」

僕はもうここお兄さんに翻弄され続けていた。僕は終始苦笑いしていたが、お兄さんは落ち着いて、淡々とニコニコ話していた。いい歳の取り方をしたのだろう。ようやく店内に入ると先客のサラリーマンが一人カウンターに座っていた。店は決して広くなく、8人がけ程度のカウンターの後ろにソファが2.3個ある部屋と、奥には黒いカーテンで仕切られたプレイルームがあるだけだった。そこでセックスをしたら、当然こちらまで声は聞こえるし、覗くことも簡単なつくりだった。店は青いブルーライトで照らされていた。さっきのお兄さんとは別にもう一人の店員さんがいて、その人は50代くらいで、おそらくゲイだった。ジントニックを頼みタバコを吸う。まずはこの雰囲気になれようとサラリーマンに話しかけたり、店員さんと雑談をする。時間は21時ごろだった。後ろでは天空の城ラピュタがやっていて、暇な時はそれを見ていた。1時間くらい経つと、男性客が2.3人入って来たが、女性が全然来ないので、もしかしたらここは普通のゲイバーなのではないかと思っていた。そんな気配を察したのか、50代の店員さんは

「24時くらいになったら女の子くるから大丈夫よ」

と言って、安心させてくれた。この時点で男性客は6人‥‥自分の他に、最初からいたサラリーマン1人、と同じ年齢くらいのサラリーマン2人、40代くらいの転勤中のサラリーマン1人、50代くらいの常連さん1人。全員と一言二言話してあった。時間は23:30。そこにようやく1人の女性が入って来た。常連を除き、他の5人は会話をしつつ、酒を飲みつつ、タバコを吸いつつ、しかし意識は確実に入り口へ集中していた。その女性は‥‥

圧倒的メンヘラ。メンヘラとは、この人の為にある言葉だと言ってよかった。見た目は明るい所で見たらまぁまぁのブス。暗闇で見ればなんとかなる感じで、年齢は28だと言っていた。メンヘラは息吐くように、いや、心臓を打つように嘘をつくので本当の年齢ではないだろう。とは言え、はじめての女性客なので店の雰囲気は少し変わった。そのとき、立て続けにもう1人の女性が入ってきた。1人目が設定した地面スレスレのハードルをただ歩いているだけで乗り越えてきた。ただその女性は、若いサラリーマンや、常連の客と30分ほど話した後に、帰ってしまった。ハプニングバーは女性客にとっては無料、もしくは1000円程度で入れるのですぐに帰っても不思議なことではない。というわけで、店内はメンヘラ1人と男性6人というメンヘラの為の世界となった。メンヘラは若いサラリーマンと会話をしていたが、少し経つと店員さんが盛り上げたのか分からないが、サラリーマンの男根を咥えていた。そしてここからメンヘラとジャンケンをして、勝ったら咥えてくれるというゲームが始まった。僕は平静を装いタバコを後ろのソファで吸っていたのだが、店員さんに声を掛けられた。

はらリュウくんもジャンケンしな」

リュウというのは、入店時に適当に決めたニックネームだ。そして、メンヘラが2人目を咥え終わった時にジャンケンをした。そして負けた。けれども店員さんが盛り上げてくれて(2人の店員さんは、僕が初心者だと言うことで終始優しく、気を使ってくれていた)もう一度ジャンケンをして勝つことができた。この時点でパンツを降ろし、おリンリンを出していたのだが、銭湯以外の公衆の面前ではパンツから出たことのない僕のおリンリンは萎縮していた。メンヘラは御構いなしにそれを、咥えた。当然メンヘラなのでテクニックは十分だった。僕はこの場面で最も最悪な事態を想定した。それは、緊張して、おリンリンに血潮が集まらず、場がシラけてしまうことだ。それだけは避けなくてはならないと思い、まるでヨーガの呼吸法のような事をして精神を一点に集中した。そんな呼吸法とは恐らく無関係におリンリンは天井を向いた。そのゲームが終わり、僕はまたソファに戻りタバコを吸った。その後メンヘラはまたカウンターに戻り若いサラリーマンと会話を始めた。店内にいた全員がなぜこの女性はプレイルームへ行かないのかと思っていただろう。そんな気持ちを察したのか、転勤中のサラリーマンがプレイルームに行かないかと積極的に誘いはじめてた、メンヘラは

「トランプしよ、そしたらね」

と既に酔っ払って、しどろもどろになった口調で言った。僕と常連客の2人以外はその誘いに乗ってみんなでトランプを始めた。常連客はフェラチオゲームの時もそうだったが、店員と楽しそうにずっと話していた。男4人と女1人で始まったトランプゲームは何かに負けたら服を脱いでいくという内容だった。僕はソファでタバコを吸いながら時々それを観察していた。そしてその時こう考えていた。もしこの瞬間にセクシーギャルが来店したら、自動的に僕しか空いてないので、このソファに2人で座り、温まったところでプレイルームに行ける!と。そして2人でプレイルームに行ったときに、メンヘラとトランプをしている人達は、僕とセクシーギャルのセックスには決して参戦できない!完璧なシナリオだった。だが完璧なシナリオも役者が居なければ世に出る事はない。そんな事を考えていた。そしてまたカウンターに目をやると、メンヘラと男4人は全員が、ほとんど全裸の状態になっていた。ブルーライトに照らされた5人の裸は、あまりに歌舞伎町的な、あまりに文学的な光景だった。村上龍の「限りなく透明に近いブルー」のブルーとは、なにも抽象的な何かではなくて、この店のこのブルーライトだった。そしてようやく、店員がうまく盛り上げたのか、彼らはプレイルームへ移動した。こちらの部屋は僕と常連客、そして店員だけとなった。しばらくすると奥から喘ぎ声が聞こえてくる。恥ずかしがる様な喘ぎ声では全くなかった。その時、50代の店員が

リュウくんちょっと覗いてみなよ、こっちこっち」

と言って手招きしてきたので、カーテンを少し開けて5人を覗き込んだ。やはり女1人に男は2人までが許容範囲なのだろう。余った2人は3人の横に座って待っていた。覗き込んだ後、常連客さんに呼ばれたので、しばらく2人と店員さんで雑談していた。常連客は普段は北海道にいるが、転勤でこっちに来てからこのお店によく来る様になったそうだ。40代のサラリーマンも転勤中だと言っていたので、やはり人は無名で無所属な存在になった時に開放的になるらしい。僕が東京に居心地の良さを感じる時もそれが理由かもしれない、新宿駅のホームを歩きながら音楽を聴いて、頭を揺らしている時。別に誰かに見られていたとしても、その人はその瞬間もその後も、そして今後永遠に他人なのだから気にならない。そう思うと自分は何者でもない気がしてフワフワとした気分になり、ナチュラルハイになる。薬物をやらなくても東京にいればハイに慣れるのだ。そして雑談をしている中で50代の店員がこう言った

リュウくんね、正直あの子はあんまりおすすめできないの、なんて言うか、メンヘラなのよ」

そーなんですか、と僕の口は動いたが、本当はそーですよね、だった。30分くらいした後、死んだ魚の様な眼をして、2人の男性が帰ってきた。単に疲れていただけだろうか、2人は別々のソファに横になりすぐに寝てしまった。しばらくすると残りの3人が帰ってきて、僕の横のカウンターに座った。もうメンヘラ女は何を言っているかほとんど聞き取れなかった。そして女はトランプをやろうとまた言い出した。常連の客にやってみるかと誘われて、メンヘラとサラリーマン2人、僕と常連客の5人で大貧民をやることとなった。そもそまトランプゲームの面白さが分からないので全く面白くなかったし、時刻は2時を回っていたので眠かった。2連勝した人が王様になって罰ゲームを決めるというルールが追加され、1時間くらいやった時にようやく常連客が2連勝して王様となった。王様はこう言った。

「この中で、今日始めての人いる?」

「はい」

「じゃあリュウくんと、女の子。2人でプレイルームに行け!」

 

IIへ続く